木枯し紋次郎と歩く!背を陽に向けたビジネス道

2016年1月30日 (土)

木枯し紋次郎 Vol.20 参考文献

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今回は、本掲載をするにあたり、皆さんの参考までに出典を整理しておきます。
ただし、残念ながら、絶版になった作品もありますが、ぜひ小説も読んでみてください。
ちなみに筆者は、この機会に原作を再読しました。

◆小説(笹沢佐保 原作)
--- 木枯し紋次郎シリーズ 全15巻
赦免花は散った 1973    角川文庫
女人講の闇を裂く 1973    角川文庫
六地蔵の影を斬る  1973    角川文庫
無縁仏に明日を見た 1983    富士見書房
夜泣石は霧に濡れた 1997    光文社文庫
上州新田郡三日月村   1997    光文社文庫
木枯しは三度吹く 1997    光文社文庫
命は一度捨てるもの 1997    光文社文庫
三途の川は独りで渡れ 1997    光文社文庫
虚空に賭けた賽一つ 1997    光文社文庫
お百度に心で詫びた紋次郎 1984    富士見書房
奥州路七日の疾走 1997    光文社文庫
人斬りに紋日は暮れた 1985    富士見書房
女の向こうは一本道 1998    光文社文庫
さらば峠の紋次郎 1998    光文社文庫

--- 峠シリーズ
見返り峠の落日 1973    角川文庫

--- 街道シリーズ
裏切り街道 1990    祥伝社文庫
地獄街道 1990    祥伝社文庫

◆その他
紋次郎も鬼平も犬神家もこうしてできた
    2008    日本放送出版協会
木枯し紋次郎 DVD BOOK 1972第1シリーズ編
2012    辰巳出版
解説本ですが、「川留めの水は濁った」、「流れ舟は帰らず」の市川崑演出の2作品、テレビ予告編のDVDが付いています。おトクです!

なお、『木枯し紋次郎と歩く!背を陽に向けたビジネス道』は、今回で終了となります。ご愛読ありがとうございました。

次の連載も今後検討予定です。ご期待ください。

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2015年12月30日 (水)

木枯し紋次郎 Vol.19 「朝霧に消えた女」

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新年明けましておめでとうございます。
新年の第一弾です。

舞台:三国街道追分
演出:高橋勝 共演:松尾嘉代、大出俊

「渡世人には、貸し借りなんぞござんせん」

紋次郎が宿場女郎の加代(松尾嘉代)が足抜きするのを手助けし、
感謝する彼女に云うセリフです。

本作は、笹沢佐保の元作は存在しません。テレビドラマオリジナルの作品です。
シリーズ中何本か、オリジナル作品が存在します。

紅葉の時期の撮影だったらしく、山間の土地(山道、神社、田畑)を舞台に、なかなか雰囲気もあり、楽しめる作品です。

さて、冒頭のセリフですが、無宿の渡世人の生き方として、その通りだろうし、そうせざるを得ないのでしょう。

ところで現代のビジネス社会を生きるわたしたちですが、
こんな孤高の生き方をしていたら、うまく世の中を渡ってゆけません。

貸しはつくっても、借りはつくらない、ということを信条にしているひとも多いと思います。しかし、それだけでは人間関係はうまく構築できません。
ビジネスは、商品の良し悪し、価格の高低のみでまわってはいません。
人間関係でビジネスはまわっています。
そのためには、良い人間関係を築いてゆくことが必須です。

人間関係を貸し借りという側面でみてみると、
貸しをつくって、借りはつくらず、というのは前述した通り、
一見良さそうですが、時には借りをつくることが大切です。
貸しがある状況が優位な立場にあるとすると、
借りがある状況は一段低い立場となります。そこがポイント。
ビジネスの相手とそういう立場関係をつくることで、
より密接な関係がつくれるのです。

いつも食事の接待をしていたとします。
しかし、相手はそのことで負い目を感じてしまっています。
ときには、逆の立場になり、相手に借りをつくることで相手の立場を優位にしてあげるのです。
時により、これをうまく使ってみると、さらに良い人間関係がつくれますよ。

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2015年11月29日 (日)

木枯し紋次郎 Vol.18 「念仏は五度まで」

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舞台:下諏訪道蔦木
演出:安田公義 共演:赤座美代子、長谷川明男

ちゃんとした明日がある人間に限って、
今日の命を粗末にしたがるのだ。

明日があるという保証もない紋次郎だが、
何としても今日だけは生き抜こうとする。まるで、逆であった。
命が惜しいわけでもない。死ぬときがきたら、いつでも死ぬという覚悟もできている。
だからこそ、生きようと努めるのだ。同時に明日のない身で、
今日を全うしようとすることが、ひどく空しいのであった。


今回、冒頭の文言はセリフではありません。原作の本文中の説明です。ということで、今回は、テレビドラマからではなく、笹沢佐保原作の小説が出典です。

これは紋次郎の生き方の原点ですが、いつもの虚無的な姿勢に終始せず、命を大切にしていることがわかります。

奈良の元薬師寺管長で、「」、「己に克つ」等の著書のある高田好胤の語る、明日があると思わず、その一瞬一瞬を真剣に生きるということに通じます。

ともすると、私たちは当然のように明日があると信じて、
日々を生きてしまいがちです。
しかし、実は明日はわからないです。
だからこそ、いまこのときを大切に、精いっぱい生きるということです。

本作のタイトルは、「念仏は五度まで」。
これは、盲目のやくざ一ノ沢の彦三郎(長谷川明男)が殺害した、
別れた女房を弄んだ男四人、そしてその女房を含めた五人という人数に依っています。

この頃になると、タイトルも観念的になってきて、
なかなかタイトルから、その内容を推測するのが難しい。
さらにテレビドラマを観終わった後、または小説を読み終わった後、
タイトルの意味を考えてしまいます。

霧雨に二度哭いた」、「四つの峠に日が沈む」、「雷神が二度吼えた」、「賽を二度振る急ぎ旅」、「四度渡った泪橋」・・・

ちなみに殺害された女房のお藤を演じた赤座美代子は、本シリーズ再登板です。
そして、シリーズ第3期の第1作「霧雨に二度哭いた」を監督した藤田敏八の元妻でもあります。

本作の安田公義監督は、大映で座頭市シリーズ眠狂四郎シリーズを撮り、市川雷蔵の遺作「博徒一代 血祭り不動」の監督でもありました。

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2015年10月31日 (土)

木枯し紋次郎 Vol.17 「霧雨に二度哭いた」

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舞台:中山道沓掛
演出:藤田敏八 共演:萩尾みどり、目黒祐樹

「あっしには、云い訳はござんせん」

さて、紋次郎の決めセリフといえば、
「あっしには関わりのねえことでござんす」
ですが、第3シリーズの1作目のラストは、このセリフです。
ちなみに原作でもこのセリフは使われていました。

世の中、自分を正当化するために云い分けをするひとがいます。
人間、少なからず自分が可愛いし、自分が全てでもあるので、
その傾向があるのは当然です。
あなたは決して悪くはないのよ、なんてことをいうのは、
子供を甘やかす親くらいなもので、云い訳をしたところで、
それを誰も真に受けて、庇ってくれるわけでもありません。

年老いて、例えば水道の水が出しっぱなしを注意すれば、
”わたしは知らない”、”そんな筈はない”、
すべて云い訳をするひとがいます。あなたがしなければ、誰がするのか!
普段から云い分けをする癖は、年老いてなお、エスカレートします。

とにかく素直に非を認めてしまうほうが好感がもたれます。
さらに、云い分けをしない生き方のほうが潔い。
意識してそんな生き方をしましょう。

テレビ放映の紋次郎も第2シリーズ終了の1973年3月から、
第3シリーズ開始の1977年10月まで、
5年弱の間隔がありました。その間、原作も回を重ねてします。
放映するテレビ局もフジテレビから東京12チャンネルへ。
それまで冠してした”市川崑劇場”のタイトルも消え、
新しい船出となりました。

なお、本作の監督は藤田敏八。
日活末期の名作「八月の濡れた砂」(1971)で注目を浴び、
日活ロマンポルノでも数々の秀作を作り、
本作の翌年、青春映画の名作「帰らざる日々」(1978)を生み出しました。
そして本作で時代劇初めての演出でしたが、なかなか良かったと思います。

また新シリーズのタイトルバックは、大林宣彦監督ということで、
当時彼が作った映画「ハウス」(1977)の感覚です。
当時としては斬新だったかもしれませんが、
旧シリーズのほうが情緒がありました。
宿場、街道といった風景も紋次郎に劣らず主人公でした。

また、この作品で初めて紋次郎は地元の貸元のところに草鞋を脱ぎます。
いままでそんなことはなかったのですが、
テレビ版のみを見ていると、
経過した歳月で紋次郎にも変化があったように感じられます。
しかし、原作はシリーズには分かれていませんので、
ときにはそういうこともあったという理解です。

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2015年10月 6日 (火)

木枯し紋次郎 Vol.16 「雪に花散る奥州路」

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演出:土屋敬之助 共演:大林丈史、松村達雄

「あっしの旅には、終りはねえものと思っておりやす。
てめえでてめえの寿命を判じられねえ渡世でござんす。
今日まで生きてきたからって、
明日の命があるとは限りやせん。
明日も生きてえと思うようになりゃ、
今日無様に生きのびることを考えるようになりやす」

雪の山道でイノシシに襲われ倒れていた紋次郎は、奥州街道の野州越堀の仁五郎親分の娘の絹に救われる。
喘息もちの親分に、旅の渡世人もいつかは旅を終えなくてはならない、そのとき自分の跡目を継ぐことを懇願された。
そのときのセリフです。いつもの紋次郎の死生観。

タイトルを見てわかるように街道シリーズ「雪に花散る奥州路」に
収められた表題作です。
原作の主人公の渡世人である二本桐の武吉を紋次郎に置き換えています。
上記のセリフは、原作では説明しています。

以前の回にも語ったことがあるかと思いますが、明日もあると思わず、今日できることは今日済ませてしまう。
それを信条に仕事に向かうと、惰性でない生き方ができます。

とは云っても、残業してもその日のうちには片付かない仕事もあります。
それはしかたありませんので、処理スケジュールを作りましょう。
そのときのポイント。
余裕をもったスケジュールにすること。
計画が達成できないことがストレスになってしまいます。
逆にスケジュールより先行できることで余裕が生まれ、精神的にもよい。

ついでながら、複数の仕事を抱えてしまったときのポイント。
重要度より難易度(とくに時間)を基準として、
時間面で早くかたづけられる仕事から着手します。
仕事の数の面からも次々と処理され減ってゆくので、
精神的にゆとりが生まれ、ミスも減ります。
ぜひお試しあれ。

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2015年9月18日 (金)

木枯し紋次郎 Vol.15 「錦絵は十五夜に泣いた」

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舞台:善光寺道渋川
演出:森川時久 共演:小山明子、光川環世

「旅なんてものは、どこにも落ち着くことを許されねえ人間のすることでござんすよ」

長野と群馬の境の渋峠で道連れになったお糸(光川環世)、お紺(小山明子)。
お糸は、奉公先から逃げてきた女、お紺は女郎を引き取りにゆく女。
その女ふたりが、紋次郎の当てのない旅に憧れます。
しかし、紋次郎は、こう云い放ちます。

現代では、レジャー、ビジネスといった所用の旅が殆どですが、
当時は一部のひとのお伊勢参りという程度ですから、
渡世人の旅はそんなものだったのでしょう。
とくに家や土地に縛られる女にとっては、
旅に”自由”を求める願望を重ね合わせていたかもしれません。

人間、ふとどこか遠くへ行ってしまいたい気持ちになることもあるでしょう。
しかし、そんな現実逃避では、ことは解決しません。
真っ向から現実に立ち向かってこそ解決の糸口も見出せるものです。
よく云うではありませんか、当たって砕けろ。

本作は、テレビ草創期の連続ドラマ「若者たち」を演出した
森川時久の作品です。当時の女の生き方を全編を通して訴えており、名シーン、名セリフの連続です。

渋川の奉公先である大黒屋の知恵遅れの若旦那に錦絵のモデルとして拘束されているお糸に遠くへ連れて行ってほしいと懇願されると、紋次郎は云います。

お糸
「紋次郎さん、本当にそんな気持ちを少しでも持っていてくれるんですか、あたしをどこか遠くへ・・・」
紋次郎
「甘ったれちゃいけませんぜ、ひとりぼっちは誰もがお互いさまですぜ」

また、野宿したお堂で、お糸は自分の泣きぼくろについて心情を吐露します。

「おっかさんによく云われました。
おまえは生涯幸せになれないかもしれないねって。
たとえ幸せになりかけても、その後で泣かなければ
ならないんですって。
この泣きぼくろのせいだっていうから仕方ありませんね」

この泣きぼくろのエピソードを受けて、ラストシーンでは、
若旦那が描いたお糸の錦絵の泣きぼくろを紋次郎は吹いた楊枝で穴を空けることで消します。
そして、その若旦那に刺されて死んだお糸を前にお紺がつぶやきます。

「お糸さん、あたしもしくじっちまったよ。
道中の間、あたしも紋次郎さんにくっついて、
どっか遠くへいっちまうきっかけをずっと探して
いたんだけどね・・・。
所詮女はひとつ場所を動けないもんなのかね」

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2015年7月27日 (月)

木枯し紋次郎 Vol.14 「水車は夕映えに軋んだ」

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舞台:日光脇往還坂戸
演出:鍛冶昇 共演:大原麗子

「昨日という日のねえあっしには、
忘れられねえことなんかござんせんよ」

ラストシーンで、お縫(大原麗子)の以下のセリフに続けて、
紋次郎が語るセリフです。

「確かに自分の長脇差は使わなかったけど、おまえさん、
女を殺したことに間違いないんだよ、木枯し紋次郎。
すぐそのことを忘れられるといいんだけどねえ」

殺された恋人の意趣返しで14人の百姓を殺害したお縫は、
女子供には手出しをしないという紋次郎の跳ね上げた長脇差を胸に受け、命を落とします。そのシーンでの会話ですが、絶品です。

ちなみに原作では、
「あっしには、昨日という日がありません。
明日がもし来るようだったら、
振り返って思い出すようなことは何もねえんでしょうよ」

さらにそのセリフに先立ち、次のように説明しています。

”過ぎ去ったことは、次の瞬間に忘れる。
過去も未来も『無』に等しい。あるのは、現在だけである。
それが紋次郎の、生き方というものだった。
いまはただ、白く浮き上がる道に目を凝らして漆黒の闇の中を
歩き続けるのみだった”

生きてゆくには、忘れることは大切です。
悲しいことも時が経つことで忘れることができます。
すべての出来事を鮮明に覚えていて、忘れられないのが、人間だとすると、とてもではありませんが、生きてゆくのがつらいでしょう。
まあ、紋次郎のように極端でなくてもいいですが・・・

しかし、若き日の大原麗子、奇麗ですね。
同様、若き日の樹木希林(当時は悠木千帆でしたが)も出ています。

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2015年6月27日 (土)

木枯し紋次郎 Vol.13 「暁の追分に立つ」

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舞台:木曽街道妻籠
演出:真船禎 共演:渡辺美佐子、横山リエ

「明日のねえあっしに、思い出す昔なんかござんせんよ」

木曽路の旅先で出会ったお梶(渡辺美佐子)に昔のよしみで
老やくざの与三郎殺しを依頼され、紋次郎が当然のように断った後のセリフです。これは名セリフ。

過去を想い出し、あれこれ考えてもしかたがない。
成功した過去を想い出しても有頂天、失敗した過去を想い出しても反省。
いずれにしても将来に向かって役立てようとしても、そう意味がない。
素直に前をみて生きることが大事。

巌流島の決闘で有名な剣聖 宮本武蔵も後年「五輪書」の中で云っています。

”われごとにおいて後悔せず”

自分の成してきたことの中には必ず後悔することもあるはず、
しかし、そこで後悔し反省したとしても過ぎ去った時は戻らない。
過去のことに後悔しないように生きることがベストですが、何事にも自分が成してきたことなので後悔しないと、自分に云い聞かせて処世するのも、うまい生き方だと思いませんか。

ちなみに原作では、
「明日もねえ者に、思い出す昨日があろうはずはありやせん」
となっています。テレビのほうがキレがあるセリフです。
しかし、原作は、過去に対する紋次郎の思いを説明やセリフで
多く語っています。


”人は、何のために生きているのか。死ぬ日が来るのを待って、生きている。
少なくとも、紋次郎はそうであった。
人間には、生きるか死ぬかのどちらかしかない。
両方避けることも不可能だし、二股かけることもまたできないのだ。
生きるか、死ぬか。
人は常に、その追分に立たされているようなものだった。
死ぬからどうの、生きるからああだのと、
騒ぐほうがどうかしているのであった。
ただ紋次郎としても言えるのは、死ぬ者より生きる者のほうが
優先するということだけだった。”

また、殺しを依頼した与三郎が実の父であることを知って、お梶に向かって、

「明日も知らねえ者に、昨日があるはずはねえって。
・・・
おめえさんには明日があるっていうのに、昨日のことばかり、
いや遠くすぎ去ったことばかり考えていなさる
・・・
すぎたことは、何もなかったことと同じでござんすよ」

そして、別れ際に、
「あっしは、振り返ることが嫌いでござんしてね。
所詮は、すぎたことで・・・」

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2015年5月30日 (土)

木枯し紋次郎 Vol.12 「流れ舟は帰らず」

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舞台:三国街道厚田
演出:市川崑 共演:吉田日出子、上條恒彦

「流れ舟は二度と、元のところへ帰っては来ねえもんなんでござんす」

川を流れてゆく舟に人生を喩えてのセリフです。
商家の大店の娘お藤(吉田日出子)の兄の小平治、
今は鬼の十兵衛と呼ばれるならず者、
その再び相まみえることのなかった二人の生きざまに対して
語ります。

人生、過ぎ去った時間は、二度とは戻らない。
故に、その一時を真剣に大事に行きたいものです。
極端な言い方をすれば、一瞬一瞬に命をかけて・・・。

とても当たり前のことを書いてしまいましたが、
若いうちは自分の老年の姿を思い浮かべることが難しく、
現在の状態が未来永劫続くかのように錯覚し、おざなりに生きてしまいがちです。
続かないことは理屈では判っているのですが、想像しにくいので、結果として先のことを思い描きにくいのだと思います。
しかし、前述したことを心の中で唱えて生きることで、きっと生き方が変わりますよ。

少々話は変わりますが、ビジネスにおいて、仕事の大小で取り組み方を変えていませんか?。大きな仕事、とくに会社の収支に関わるような仕事には心血を注いで、結果をだそうとするでしょう。
一方、小さな仕事、誰にでもできるようなルーティンワークのような仕事は、適当に済ませてしまいがちです。
しかし、大きな仕事を成し遂げる力は、小さな仕事をきちんと成果をあげてゆく心がけで育まれます。
仕事の大小に関わらず、仕事に対する姿勢を備えること。
さもないと、大きな仕事はできません。
小さな仕事をする時間も人生のヒトコマです。真剣に立ち向かいましょう。

紋次郎の第1シリーズの掉尾を飾る、市川崑演出の第18作は、
吾妻川にかかる牧須橋が炎上し、燃え盛り落ちようとする下を
紋次郎とお藤が舟で下るクライマックス。シリーズのラストを派手に飾ります。
そして、流れてゆく舟のように紋次郎の渡世の旅も流れてゆく。
といったシーンで終わります。

本作品放映当時は、第2シリーズがふたたび始まることなど知る由もありませんので、紋次郎は、これでわれわれの前から立ち去ってゆきました。

原作は、小説誌に連載が始まった直後の第1作「赦免花は散った」に次ぐ第2作です。というわけで、紋次郎的な情緒を携えた作品に達していません。

なお、主題歌を歌う上條恒彦が渡世人の役で1シーン登場します。
なかなか恰好いい!

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2015年4月28日 (火)

木枯し紋次郎 Vol.11 「背を陽に向けた房州路」

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舞台:房州路小湊
演出:土屋啓之助 共演:光川環世

「借りはつくっちゃならねえ、
つくった借りは返さなくちゃいけねえ。
渡世の掟と決めておりやす」

紋次郎は、かつて野州矢板で行き倒れになりかかっていたところを
房州出身の深雪(光川環世)という酌婦に2両の金を恵んでもらい
救ってもらったことがあった。その借りを返すために房州路を訪れ、
深雪そっくりの庄屋の娘お町にその借りを返す理由を語るセリフです。

ならず者が住み着いた村を救ってもらうために、お町とその父親は、
紋次郎に腐った丸木橋を渡らせようとし、それを救うことで借りをつくります。
紋次郎が必ず借りを返すということを知って利用したわけです。

基本的には、借りはつくらず、つくった借りは返すというのが定法です。
しかし、本作の例もありますが、ビジネス社会をうまく生きてゆくためには、借りをつくることで人間関係もつくり、深めるというノウハウもあります。
借りばかりでは、人は離れていってしまいますが、
ほどほどの借りは残しておくことも必要です。そうすることで、
その相手は優越感を覚えます。
それをビジネスに役立てるという方法があります。うまく使ってみてください。

本作品の原作は、「紋次郎」シリーズと同時期に発表していた
「小仏の新三郎」シリーズです。その主人公を紋次郎に置き換えた作品です。
小仏の新三郎は、お染(本作では深雪)の残していった簪を髪にさし、2両の借りを返すために、心臓を患っている身をおして旅を続けるという設定です。

本作で15作目となり、キャラクタも固まり、決めセリフも頻繁に登場するようになりました。有名なふたつの決めセリフが登場します。

ひとつめは、村で隠し米を保有していることを他言しないよう依頼されたとき。

「あっしには、一切関わりねえことでござんす」

ふたつめは、お町にくわえている楊枝について問われたとき。
「こいつは、ただの癖ってもんで」

特筆すべき廃寺での殺陣シーンを始めとし、
紋次郎ドラマのエッセンスがすべて詰まった作品です。

また本作のヒロインの光川環世は、紋次郎を救った深雪、お町の二役です。
テレビの時代劇に多く出演していましたが、東映のやくざ映画にも出演作品があり、梶芽衣子の「銀蝶流れ者 牝猫博奕」、安藤昇の「実録安藤組 襲撃篇」等。

百姓も小賢しく、ずる賢く生きて行かなくてはならない存在。隠し米をもっていたり、ならず者を利用したり・・・
そんな百姓に向けて、夕陽を背に、以下のセリフを云って去ってゆきます。

「あっしが黙って、ここを立ち去るのは、
あっしもまたお天道さまに背を向けた男だからでござんすよ」

最後にもう聡明な読者の方は気付かれたと思いますが、
本メルマガのタイトル「木枯し紋次郎と歩く!背を陽に向けたビジネス道」は、この作品のタイトルから転用しています。

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