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2009年12月20日 (日)

◆方便としての任侠道 - 解散式

 「俺たちが叩き込まれた任侠道は、
親分衆が兵隊をこき使うためのお仕着せだったんだ。
そんなもんは、早く脱いじまわないと、馬鹿みるぜ」

kaisansiki

「解散式」1967年。監督 深作欣二。脚本 松本功・山本英明。
出演 鶴田浩二、丹波哲郎、渡辺美佐子、渡辺文雄。

昔気質のやくざから、現代的なやくざに変わろうとする
義兄弟の島村(渡辺文雄)が昔のままのやくざ
沢木(鶴田浩二)に語るセリフです。

永年、刑務所に入っていた沢木がようやく出所したときには、
すでに、任侠道に生きる、といった世の中ではなくなっていました。
そんな時代遅れのやくざが石油コンビナートの利権争いに
巻き込まれ、 命を落とすまでを描いた作品です。

深作欣二は、それまで描かれてきた義理、人情に対して、
それらの言葉の真実の姿を映画で語り始めました。
それは、「仁義なき戦い」につながる作品群の端緒となっています。

組織や人を動かすためには、大義名分が必要です。
やくざの世界の大義名分は、義理、人情、任侠道ですが
いまの時代の会社組織では、社会のため、会社のため、
人のため、 たまに、地球のため、なんていうのもあるでしょうか。

しかし、いずれにしろ大義名分ですから、
実際は、会社が利益を上げ、自分たちの生活を守るという
一義的な目標が優先であるはずです。世の中そんなものです。
例えば、環境を守るために、といっった場合、
それを実現する最もよい手段は、人間が存在しないことです。
では、自分が死ねるか、ということになります。

一方、それらの大儀名分で、動けるひと、生きてゆけるひとは
幸せかもしれません。
大儀名分の裏を呼んでいると、馬鹿らしくなる。
それは、人間生きている限り、延々と続いているテーマかも
しれません。真実で生きたいものです。

「てめぇの子供におもちゃを買ってやって、礼を言われる
なんて、やくざは、因果な家業なんだなぁ」

刑務所にはいるときに妊娠していた三枝(渡辺美佐子)が産んで、
ひとりで育ててきた息子に再会し、おもちゃを買ってやり、
その三枝に礼を言われたときの沢木のセリフです。

ここでは、家族と縁を切って生きるのが、
やくざであることを示しています。
以降、実録シリーズを経て、「極道の妻たち」のころになると、
切っても切れない、やくざの家族が描かれるようになります。

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