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2009年7月25日 (土)

◆やくざが兄妹の縁を切るとき - ちょうちん


「だって、やくざもんの妹なんか、
みんな怖がって手出しゃしないよ」
千秋
「そうか・・・俺は、まだ早いって云ってるだけよ。
お前がそういう年齢になってだ、男ができたら、
俺は喜んで兄弟の縁を切ってやるよ」

chouchin

「ちょうちん」1987年。監督 梶間俊一。脚本 金子正次、塙五郎。
出演 陣内孝則、石田えり、渡辺正行、原田芳雄。

高倉健や鶴田浩二の時代の任侠シリーズから、菅原文太の実録シリーズへと各々の時代を生き抜いてきた東映やくざ映画もついに1970年代初めに終わりを告げます。

以降も、ときどきやくざ映画は、製作されましたが、ブームとなることはありませんでした。

しかし、1985年「竜二」のシナリオを書き、
自身で主演・監督をすることで映画化を実現した金子正次が現われることで、
ニューウェーブやくざ映画が生まれることとなります。

陣内孝則という役者、梶間俊一という監督、そして、金子正次という脚本家が新しいやくざ映画の時代を築きます。
過去のようにやくざ映画が連作されることはありませんでしたが、
その後、数年間、新しいタイプのやくざ映画が製作されました。
そのきっかけとなったのが、本作「ちょうちん」という作品です。
そして、第1作にして、傑作となりました。

そこには、ヒーローとしてのやくざは存在せず、
等身大の生身の人間としてのやくざが存在しています。
彼らの口から、ついて出るセリフには、格好いいものはありません。
そんな中で、少しは格好いいのが、冒頭のセリフです。

山東会のやくざ村田千秋(陣内孝則)と妹(新田恵利)が
公園でブランコに乗りながら、話し合うときのものです。
いま観ると、おニャン子クラブの新田恵利の拙いセリフ回しから
1980年代らしさが伝わってきます。
さらには、千秋の情婦役の石田えりのボディコン姿も・・・

さて、冒頭のセリフから、
筆者は帰納的にまとめないといけないのですが・・・
兄弟愛とか、親子愛とか、現代は対象を可愛がること、
無償の一方的な愛を捧げるうことがすべてのような気もします。
そういった時代において、縁を切るといったことも愛情である、
と納得させられたしまいます。
任侠では、切っても切れない兄弟の縁、兄弟盃を
テーマにしていましたが、違ったかたちで見せてくれました。

そして、千秋は、仕事の仕方が認められなく、
破門され、堅気になります。堅気になったときのうらぶれた姿・・・

朝、情婦の連れ子が云います。
「おじちゃん動かないよ。死んでるよ・・・」
情婦は、そんなことは信じず、
「くすぐってごらん」、といってエンドマークになります。

「竜二」でもそうだったように、
主人公は癌に冒されており、命を落としてゆきます。

ちなみにタイトルの「ちょうちん」は、
”いつもブラブラしている”、
”昼間は汚い染みだらけだが、夜に灯が入ると、きれいに輝く”、
ものの象徴として捉えています。

おまけは、千秋がもろ肌を脱いで語る五七調のセリフ。
バックには、音楽エヴァン・ルーリーのピアノ、生ギター、バイオリンにバンドネオンで、哀愁漂い、官能的なアップテンポのタンゴの音楽が流れます。映画的カタルシス全開です。

「さあ、御用とお急ぎでない方は、よーく見てってくれ。
背中(せな)に昇った昇り竜、
両の腕(かいな)はゾロ眼の牡丹。
一点四六の賽(さい)の目を、振って散らした親不孝。
泣いてくれるなおっかさん。
親や世間に逆らって、重ねた悪事もこれまでか」

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