« 県庁への出張延期 | トップページ | ◆組織の中の個人-日本の首領 完結篇 »

2009年2月21日 (土)

◆政治は、女も殺す-日本の首領 野望篇

don_yabou

「大石は、立派な人物だ。
しかし、ヤクザというより政治の人間になっている。
そこを考えねばならん。政治は手段を選ばん。
ヤクザは女は殺さんが、政治は容赦せん」

「日本の首領 野望篇」(第2作)1977年。監督 中島貞夫。脚本 高田宏治。出演 佐分利信、三船敏郎、高橋悦史、菅原文太、松方弘樹、岸田今日子。

東映のやくざ映画は、任侠から始まり、実録に至るのですが、そのあたりの流れについては、「やくざ映画の歴史」でも解説していますので、ご覧になってください。

本作品は、いくつかの点で記憶される作品となっています。

まず、東映やくざ映画が任侠から実録に移り、それに続く転回点となった作品ということです。任侠と実録の色あいの混じった作品となっています。

ふたつめは、本作が封切られる1年前に角川映画が発足し、1本立て興業が登場しましたが、東映もこの作品で、初の1本立て興業に
踏み切った作品であるということです。従って、上映時間も2時間1分と長尺です。それまでのプログラムピクチャー2本立てから、1本立てへの転換の作品というわけです。

この「日本の首領」シリーズは、3本作られ、本作は、その2作目にあたります。1作目は、2本立てで興業にかかっています。

ストーリーは、山口組の抗争を題材にしており、いままで何度も東映で映画化されたエピソードを全編に散りばめ、組長の家族も登場し、その生活も点描される点において、いままでの実録シリーズと一線を画したやくざ映画となっています。

しかし、家族を描くものの、そこは東映、やはりやくざ同士のつばぜりあいがメインとなってしまっており、他は付け足しといった感じです。

中島組 組長の佐倉一誠(佐分利信)と若頭 辰巳周平(鶴田浩二)の確執に焦点はあたっています。

それまでの鶴田浩二であれば、義理と人情の任侠の旗頭でしたが、
ここに至って、それらをかなぐり捨てた役柄です。最後には、佐倉の義理の息子で医者である一宮(高橋悦史)に薬殺されてしまいます。

と、1作目の話でした。
本作は、その第2作、関西の中島組 佐倉に対し、関東の関東連合 大石(三船敏郎)が登場し、日本の首領(ドン)を目指して、戦うのが本作です。

今回とりあげたセリフは、佐倉が若頭の松枝(松方弘樹)に、中島組と関東連合の対立する状況をみて、外国の大統領の関心をひくために女(金沢碧)をあてがった松枝に云うセリフです。その後、彼女は飛び降り自殺してしまいます。

金沢碧は、あの懐かしい中村雅俊主演のカースケ、オメダ、グズ六のテレビドラマ「俺たちの旅」(1975)でヒロインの山下洋子役でした。
しかし、その後の10年、20年、30年目に制作された特番でも、
薄幸の人生を送る役柄でした。

この時代のやくざ映画は、義理と人情の世界から、仁義なき世界、
それをさらに超えた政治の世界へも足を広げるようになってきました。そういう意味では、登場するセリフも自己に対するものから、
他者へ対するものに移っていってます。

政治という権力を手にいれたいと考えた時、また権力をつかんだ時、
どうなるかを如実に言い表しています。

権力に対する欲望も人間の宿命です。

それを制するために、昔の人は、自身の生き方の拠り所とする故人の教えを座右においていました。
例えば、幕末あたりであれば、それは「言志四録」でした。
そのようにして、昔から人は自戒する手立てをもっていたように思います。
ちなみに「言志四録」は佐藤一斎著で、次の言が有名ですね。

「春風をもって人に接し、秋霜をもって自らを謹む」

|

« 県庁への出張延期 | トップページ | ◆組織の中の個人-日本の首領 完結篇 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ◆政治は、女も殺す-日本の首領 野望篇:

« 県庁への出張延期 | トップページ | ◆組織の中の個人-日本の首領 完結篇 »