2012年1月18日 (水)

◆喧嘩のプロ - 新仁義なき戦い 謀殺

「喧嘩のプロは、勝ち目のない喧嘩は、せぇもんじゃ」

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「新仁義なき戦い 謀殺」2002年。監督 橋本一。脚本 成島出、我妻正義。出演 高橋克典、渡辺謙、小林稔侍、夏木マリ。

かつての「仁義なき戦い」の山守親分を彷彿とさせる尾田組親分(小林稔侍)が放つセリフです。
勝つ見こみのある喧嘩のみ手を出すというのは、孫子の兵法に則った必勝戦略です。いまさらですが、セリフとして登場したので、掲載しました。

詳細は、サイトの経営戦略ワンポイントで詳しく解説しています。
>> http://www.pd-assist.com/strategy.html

尾田組若頭の武闘派の藤巻(渡辺謙)、弟分の経済やくざの矢萩(高橋克典)の兄弟分の関係が彼らをとりまくやくざたちの思惑で崩れてゆき、ついに彼の弟分に矢萩は殺されてしまいます。
ふたりの親分が小林稔侍です。過去のシリーズでは、チンピラでしたが、ついに親分で登場です。

本作に先立つ「新・仁義なき戦い」(2000年。監督 坂本順治。出演 豊川悦司、布袋寅泰)では、あの有名なテーマ音楽を、出演もしている布袋寅泰がロック風にアレンジ、本作でも東京スカパラダイスオーケストラがノリノリのアレンジで流れます。
やはり、あのテーマが流れるとゾクゾクします。そんな気分になるのは筆者だけでしょうか。

本作は、「仁義なき戦い」のタイトルを冠していますが、第1作の公開から、約30年経っており、第1作では、戦後闇市から経済復興の時代のやくざを描いていましたが、本作では、豊かな時代になり、バブルを経験した、いうならば目標の不在の時代が舞台になります。

タイトルロールでのナレーションが、そんな時代を説明しています。

「暴力が暴力を制する時代は、暴対法の施行以降、
徐々に終わりを迎え、政治と金が暴力より、
力をもつ時代に突入していこうとしていた。
それは、男たちの生きざまを大きく変えていった」

そんな時代でもやくざは、権力であることを信じるイケイケの藤巻は云います。

「極道は、力です。
ゼニ、ゼニの時代になっても、最後は力ですね」

いまの時代に”仁義”、”義理”、”人情”といった言葉は、
死語になってしまっているかもしれません。
しかし、そんな混迷の時代だからこそ、人とのつながりを謳う言葉に
魂を吹きこみ、それを信念として生きてゆくことが重要なのではないでしょうか。

藤巻の嫁さん役の夏木マリが繰り返して云います。

「人間は、おっとうしい生き物やで」

これを本メルマガの最後のセリフとして掲載して、幕を閉じたいと思います。

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2011年12月 8日 (木)

◆明日を考える、考えない - 安藤組外伝 掟

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竜崎「明日を考えたら、やくざはできねぇよ」
島本「明日を考えなかったら、ひとりずもうになっちまう」

「安藤組外伝 掟」2000年。監督 梶間俊一。脚本 武知鎮典。
出演 岩城晃一、中野英雄、本田博太郎、永島瑛子、安藤昇。

佐久間組組長を殺った植松一家の竜崎(岩城晃一)は、16年の刑期を終えて出所してくる。その彼を待っていたのは、保身のために植松一家から佐久間組に鞍替えした、舎弟の島本(本田博太郎)だった。
いまは勢力を伸ばした佐久間組の島本から、竜崎は所払いを言い渡される。
そのふたりが交わすセリフです。

一匹狼となってしまった竜崎が、かつての中途半端だった自身(佐久間組組長を殺害した際に子分は見逃した)に決着をつけるために子分たちを殺してゆく、といったハードボイルド調ではありますが、なかなか面白い作品です、

竜崎の本来のやくざの生き方、島本の企業人のような生き方。
明日を考え、自分の立場を整え、自分の仕事を作り出す、企業でも
よくあるケースです。
企業人すべてそうとは限らないのですが、その論理で企業は動いていると思った方がよい。
筆者は、そういう処世を薦めているわけではありません。
世の中には、いろいろな考えの人間がいることを知った上で、義を通して生きられるとよい、またそれを目指してほしいと考えます。

植松一家の姐(新藤恵美)が跡目を継いだ、頼りない実子に云います。

「あの人(植松一家総長)は、ただ我慢していたのさ。
自分の揺らぐ心を油汗流して、ねじ伏せていただけ。
父さんは人よりちょっと我慢が強かった、
あの人はそれだけで人間の勝ち負けが決まるって知っていた」

こちらも良いセリフですね。世の中、我慢も大切です。

年老いた安藤昇がちょっと出ていますが、貫禄というよりも太ってしまい、かつての切れ味が感じられないのが残念!

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2011年11月19日 (土)

◆思うようにならない人生・・・ - 緋牡丹博徒 仁義通します

「お竜はん、思うようには、ならんもんやなぁ」

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「緋牡丹博徒 仁義通します」(第8作)1971年。監督 斉藤武市。
脚本 高田宏治。出演 藤純子、菅原文太、松方弘樹、待田京介、片岡千恵蔵。

日活の斉藤武市監督による「緋牡丹博徒」シリーズ第8作です。
この作品が撮られた時期が、ちょうど藤純子が婚約発表した頃だと思います。
そのため、本作品がシリーズ最終作となり、このあと急遽、引退記念映画「関東緋桜一家」が撮られます。

冒頭のセリフは、ラストシーンの殴りこみが終わり、雪の降る中、屋敷の外で待っていた近松親分(片岡知恵蔵)が傷を負ったお竜(藤純子)に云うセリフです。

自分の思うようには、なかなか人生でも仕事でもいってくれません。
だからといって、諸事万端いい加減に対処していたのでは、さらに悪い方向に進んでしまいます。
何事にも誠意をもって一生懸命に立ち向かう姿勢が大事です。
そのうえであれば、セリフのような感嘆の言葉を漏らすことが許されるのではないでしょうか・・・。

大阪堂万一家のお神楽のおたか(清川虹子)、本シリーズの準レギュラーでしたが、彼女の死んだ後の代貸である松川(待田京介)と岩木(松方弘樹)の跡目相続にまつわる事件を描きます。
おたかは、息をひきとる前に跡目は岩木、堂万の縄張りは松川に、と言残しますが、その遺言に不本意な松川は、敵対する伝法一家と通じ、横車を押します。

岩木が爆死し、子分の長門裕之も単身殴りこみし討ち死にし、お竜、
岩木の戦友である北橋(菅原文太)、道後の熊虎親分(若山富三郎)の三人が伝法一家に殴りこみます。

松川は、お竜に刺されて命を落としますが、彼がお竜に向けたドスは
峰打ちでした。そんなところに冒頭のセリフのように、自分では判っているが、どうにもできない、やるせない生き様を待田京介が演じました。

本作では、主人公以外のやくざみんな死んでしまい、やくざがいなくなってしまいました。はてさて、今後堂万の縄張りはどうなるのでしょうか?

ところで、お竜と小袖のシーンにこんな会話もありました。

岩木は、恋人である小袖(光川環世)が堂万の先代親分が妾に産ませた子と判り、別れることを決意します。その後、おたかが小袖のために残した貯金をお竜が彼女に渡す際のやりとりです。

「ひとには、人生にひとつやふたつ過ちばあるもんたい。
とりわけ、おなごっちゅうもんは、業の深かかもんだけん」

これは、当時のおたかが妾とその娘である小袖に一家の敷居をまたがせることをしなかったのですが、小袖のために貯金をしていたことに対して語っています。
その時々では、そう云うしかなかった、そうするしかなかった、ということもあります。時が経ち、そんなことが心残りになってしまう。

また、たまたま雨宿りでお竜と北橋(菅原文太)が一緒になり、
雨宿りの居酒屋での会話です。

北橋
「(岩木に)堅気にならなきゃ、つきあわねぇって云われてね。
それは、カニに向かって、縦に歩けちゅうもんでさぁ」

お竜
「そういや、あたしもなんかも、カニのくちですばぃ」
北橋
「あっしには、そうは思えねぇな。あんたはカニなんかじゃねぇ。
間違って横に歩いているだけだ」

緋牡丹博徒」シリーズでは、こんな会話があちこちに登場します。
女のやくざを主人公にもってきたことによって、とくに任侠の世界を際立たせたシリーズだったかもしれません。

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2011年10月29日 (土)

◆組織のルールを守れ! - 県警対組織暴力 その3

「あんたも向こう先の見えん男じゃの。
上に吐いた唾は、下に落ちんと思うとっちょるんか。
ポリのあんたにゃ、わからんじゃろうがの」

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「県警対組織暴力」その3 1975年。監督 深作欣二。脚本 笠原和夫。出演 菅原文太、松方弘樹、梅宮辰夫、山城新吾。

新任の海田警部補(梅宮辰夫)が赴任してきて、いろいろとやくざ組織を刺激する捜査をすることから、やくざの広谷(松方弘樹)も追い込まれた状況に陥ります。結果として、やくざ、県警、両者から死傷者もだしてしまう事態となってしまします。

そこに仲介役として送り込まれた、やくざと癒着している刑事の久能
(菅原文太)は、上司の海田から広谷を自首させる際の条件を提示されます。
そのことを久能が広谷に伝えるたとき、広谷が揶揄して語るセリフです。

やくざ世界では、親分や他の組に向かって抵抗したら、必ずそのしっぺ返しがあります。それは、警察組織とて同じであることを云っています。

笠原和夫の脚本らしいところでしょうか。同じく脚本を書いた
仁義なき戦い」にも同じように”唾”を使ったセリフがありましたね。

従順に自首したかに見えた広谷は、警官の銃を奪い、逃げ延びようとするところを久能の銃弾に倒れてしまいます。

穏やかな世界は、波をたてると、どこかに必ず傷つく者が生まれます。そのあと、その世界がよくなるか否かはわかりません。

ラスト、海田は、石油会社の幹部に転職し、職場で「今朝も体操から
始めよう」、なんて云っている脳天気さ。
一方、島の巡査へ降格された久能は、雨の夜、何者かのクルマに狙われ、ひき逃げされ死亡してしまうという衝撃的な結末を迎えます。

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2011年10月11日 (火)

◆男は仕事に命を賭ける - シルクハットの大親分 ちょび髭の熊

「男が命を賭けるのは、仕事ではなかと・・・
新吾さん、女は恋に命ば賭けとるものよ。
こぎゃん渡世で女ば捨てたわたしでも
梓さんの気持ちは痛いほどわかりますばい。
新吾さん、あんた、おなご一人幸せにできんで、
ほんなこつ男・・・」

silkhut

「シルクハットの大親分 ちょび髭の熊」1970年。監督 鈴木則文。
脚本 高田宏治。出演 若山富三郎、伊吹吾郎、橘ますみ、藤純子。

自動車技術者である新吾(伊吹吾郎自身が、初めて日本に輸入した自動車を壊された怒りでその恋人の梓(橘ますみ)の前で日本刀を手に敵討ちに行こうとするときに緋牡丹のお竜(藤純子)が彼を諭すセリフです。

緋牡丹博徒」シリーズからスピンオフして作られた「シルクハットの
大親分
」シリーズの第2作です。
緋牡丹博徒」シリーズで脇役であった四国道後の熊虎親分(若山富三郎)を主役に据えたコメディタッチの作品です。全2作品製作されました。

天皇陛下に献上する自動車の運搬と警備役を仰せつかった熊虎親分が様々な妨害をする悪に立ち向かってゆくといった内容です。

そこで冒頭のセリフとなります。
緋牡丹博徒」シリーズでも語られる内容が、ここでも繰り返し語られます。
恋に生きるのが女、そしてそれを捨てたお竜という図式です。
そこに、お竜さんのヤクザ渡世に身を委ねたが故の、堅気の女の生き方に対する未練も垣間見られます。

まや、ここでは、男の生き方を示唆しています。仕事に生きるのが男だと。
男も若いうちは、どうしても女や趣味といった、いろいろなことに心が
揺れ動かされてしまいますが、年を重ね、身の回りのいろいろなことがそぎ落とされて最後に残るのは、仕事です。
どんな気持ちで仕事に向ってきたか。それが男の生き様でもあります。若いうちから、そうなることを念頭に仕事には真摯に向き合ってください。

本作品では、緋牡丹のお竜さんが要所要所に登場し、画面を引き締めると同時に作品の風格も持ち上げてしまいます。
緋牡丹博徒のテーマとともにお竜さんが登場するシーンは、カタルシスさえも生みだしています。
彼女の存在というのは、東映やくざ映画の中で大きかったことを再確認してしまいます。このシーンを見られるだけで満足です。

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2011年10月 2日 (日)

雑感 2011年秋

今年の初夏に日光に出張した折に、途中の生出宿のトイレの天井に巣を作っていたツバメを発見した報告をしたことがありました。
数ヶ月後となる、9月末に日光へ出張した折に寄ってみました。すると巣は取り外されていました。ツバメにしたら、良かったのか悪かったのか・・・・

日曜日に初孫の宮参りで太田の呑龍様へお参りにでかけました。ちょうど松茸道中のイベントと重なり、思いもかけず見ることができました。大人数でのし歩くのかと思いきや、20人くらいの行列でさびしいイベントです。今後、継続が危うい!
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ちょうど挨拶で来られていた太田の清水市長と記念写真を撮らせていただきました。

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2011年9月12日 (月)

◆常に狙うポジションに立つ - 新仁義なき戦い

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青木
夜、ひとりきりになるとよ、こがなことしとったら、
いけん思うて、ぞっとする時があるんじゃ。
寝床を一歩離れたら、のう、
どうでも親分じゃ面して歩けなきゃいけんのじゃけ

三好
のう兄貴、あんたに云うとくがよ。心弱うしたら、しまいど。
なんぼあんたが太うなったいうて、
狙うもんのほうが強いんじゃけ、のう

「新仁義なき戦い」(第6作)1974年。監督 深作欣二。脚本 神波史男、荒井美三雄。出演 菅原文太、若山富三郎、松方弘樹、渡瀬恒彦、安藤昇、宍戸錠、田中邦衛。

本作は、「仁義なき戦い」と同じ第1次広島抗争、山守組の内部抗争が描かれる。ということで、第1作のリメークといった内容です。

今回、菅原文太は、山守組組員三好万亀夫という役名で登場します。
仁義なき戦い」シリーズのヒットで、柳の下のどじょうは釣れるまで
何匹でも釣るという会社の要請で「新仁義なき戦い」シリーズは制作されたわけですが、それなりに楽しめる内容です。

山守組の内部抗争の中で台頭しようとする若頭の青木(若山富三郎)、山守親分(金子信雄)との間にはいり、振り回される主人公といった図式です。

組の内部で力をつけて、山守親分を引退させようと図る、兄貴分の青木に弟分の三好が云うセリフです。どこかで聞いたような内容です。
そうです、「仁義なき戦い」第1作での酒井(松方弘樹)に
広能(菅原文太)が同様のことを云っています。

守りに入ってしまった敵には、とことん攻めるのが、必勝のルールです。
幕末の戊辰戦争の例でも、錦の御旗を掲げた薩摩、長州等の官軍は、朝敵となった幕軍の会津藩を徹底的に攻めてゆきました。

ビジネスでも、そこそこ成功すると、守りに入りがちですが、
常に攻める姿勢で、攻める戦略をとり続けなければいけません。
攻めることが最大の防御ということばもあります。
やくざ世界と違って、自身が殺られることはないのですから・・・

仁義なき戦い」シリーズに、初出演の若山富三郎、安藤昇を迎えて、常連の松方弘樹、田中邦衛、渡瀬恒彦、宍戸錠、そして山守親分の金子信雄らが脇を固めています。とくに山守親分絶好調です。

最後にもうひとつ。
兄弟分の盃関係を解消するために、青木と再会した三好が放ったセリフを。仁義なき内部抗争を続ける青木に対して送った最後の忠告に、青木も身の危険を感じる。

あんたに云うとくがよ、心汚したら、おしまいど

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2011年8月20日 (土)

◆「極道の妻たち」シリーズ惹句集

極道の妻たち」シリーズのポスターに書かれた惹句も名作揃いでした。今回は、それらを集めてみました。

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愛した男が極道だった                「極道の妻たち」

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あんたを負け犬にはさせない
からだのどこかに極道の水            「極道の妻たち2」

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私、一万五千人の暴力(こども)を相続しました。
女は菩薩、女は夜叉
                「三代目姐」

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だから、女は血の海を泳ぐ
さよなら、戦争を忘れた男たち

戦争を始めたのは、男
最後まで戦ったのは、女
            「最後の戦い」

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極道の組織は、家族や
親子の縁は、これまでや
            「新・極道の妻たち」

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何もかも捨てる気でここへ来た!
あんたら、覚悟しいや
                「覚悟しいや」

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どこまで怒らす気いや
幸わせすらもつかめない
押し寄せる巨大な抗争下-
愛する男を失った時、
その女たちの”血の証”は・・・
        「惚れたら地獄」

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決着は、わてがとらせて貰います        「赤い絆」

gokudou_kiken
極道の頂点、そこは地獄か極楽か
  狙いは、日本の頂点
こんな大勝負(バクチ)、女だから打てるんや!  
                                                           「危険な賭け」

gokudou_kejime
さらば姐
最後の戦争(でいり)、しかとお見とどけを
        「決着」

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2011年7月20日 (水)

◆人生の荷物 - 首領を殺った男

「男がいっぺん背負ったもんは、
死ぬまで担いでゆくしかおまへん」

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「首領(ドン)を殺った男」1994年。監督 中島貞夫。脚本 高田宏治。出演 松方弘樹、田村英里子、山口達也、川谷拓三、夏八木勲、菅原文太、梅宮辰夫。

東映のやくざ映画が沢島忠監督の「人生劇場 飛車角」(1963)の封切りを契機として、路線として始まってから30年の時を経て、作られたやくざ映画です。また「仁義なき戦い」を始めとする実録シリーズが
幕を閉じてから、20年も経っています。
その間には、従来の路線に近いやくざ映画もときおり、制作されていました。

1984 修羅の群れ(主演 松方弘樹)
1985 最後の博徒(主演 松方弘樹)
1988 姉御(主演 黒木瞳)
1992 修羅の伝説(主演 小林旭)

またネオチンピラ映画と呼ばれる、陣内孝則主演の作品群もありました。

1987 ちょうちん(主演 陣内孝則)
1990 さらば愛しきやくざ(主演 柳葉敏郎)

それらの時を経て、やくざ映画の総決算として作られたのですが、
かつてのやくざ映画の懐かしい俳優たちが特別出演しており、かれらの容姿に時の流れを感じてしまう作品です。
そして、かつてのようなやくざ映画の時代を復興することも、あの時代のようなパッションもすでにありませんでした。

さて、映画は、18年の刑期を終えて出所してきた宝来蘇鉄(松方弘樹)は、堅気になろうとするのですが、かつての兄弟分であり、いまは組の後継者になっている大木戸(夏八木勲)に命を狙われ、やむなく立ち上がるといったストーリーです。

本作の主人公は、殺人を犯したのですが、人生、生きてゆく中では、さまざまなことを体験します。
それは、良いことも悪いことも一緒くたです。
しかし、身に受けたものは、自分の責任の有無に関わらず、すべて受け入れ、それを覚悟として、生きてゆかなければなりません。
その環境の中でベストを尽くすのが人生です。

主人公もそういった意味で殺人を犯し、兄弟分の罪まで背負って、
服役したわけですが、娑婆に戻ってみたら、兄弟分は組長にまで出世しており、眼の上のタンコブになった主人公が邪魔になったというわけ・・・
それも自身の運命と受け止めて生きる。

今回は、大上段からの、なんとも偉そうな解説になってしまいました。

先に書いたように、本作には、往年のやくざ俳優たちが、顔を揃えています。
老親分の白髪になった菅原文太、刑務所に飛ばされた鉄砲玉の梅宮辰夫(なんと彼が松方弘樹を殺そうとし、それを救うのがTOKIOの山口達也)、レストランの飄々とした山城新吾、屋台の親父の川谷拓三・・・

TOKIOの山口達也が若い無鉄砲な青年を好演しています。

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2011年6月22日 (水)

日光出張

梅雨のさなか、みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

昨日、日光にでかけてきました。
往路、大柿の生出宿 里の里でトイレに寄ると、トイレの屋根裏にツバメが巣を作っていました。
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洗面台に、その子供が落ちてしまったのでしょうか。うずくまっていました。救いようがないか・・・

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昼食は、地元で有名な小代行川庵でそばをいただきました。ここは、以前、日光例幣使街道を歩いたときに到着した下小代駅の西側です。

>> わたらせからの風 日光例幣使街道は、こちらから

ここは、小代出身で三菱銀行に努め、吉田内閣顧問、経団連顧問などの職についていた加藤武雄の別荘だったところです。

入り口の長屋門。レンガ作り??変った長屋門です。

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二宮尊徳手植えの梅。この近辺は、弘法大師のように二宮尊徳があちこちに登場。

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庭園。左に映っている建屋でそばがいただけます。

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今市では、3時ころから夕立となり、市内を雨水が川のように流れている中を帰路についたのですが、途中晴れて、また足利で夕立と大変な日でした。

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